ブログ言論空間というもの

 梅田望夫氏が雑誌「フォーサイト」にこんな記事を寄せています。
 日本中の耳目を集めたライブドア騒動に関して、権威ある(と皆に思われている)報道機関が一面的な言論を繰り返すのに対して、ネットをその舞台とするブログ言論空間には、多彩な視点と専門性に満ちた意見の展開が見られた、という内容。

匿名の筆者によって面白可笑しく過激なことが書き散らされている「2ch」(2ちゃんねる)的世界を想像される方も多いかもしれないが、ブログ言論空間の内実はかなり違う。玉石混交なのは確かだが、「石」をふるいよけて「玉」を見出す技術も進歩したため、ネット・リテラシーの高い人(ネットの扱い方に長(た)けた人)ならば、ブログ言論空間から「玉」だけを選び出して読むことも、ずいぶん容易になった。
 約束事に縛られたマスメディア報道は、基本的に「ライブドアの負の部分を白日の下にさらす」という「一つの定められた視点」から、つぎからつぎへと新事実を提示して同じような主張を繰り返す方向に偏っている。
 対して、ブログ言論空間には「視点の多様性」がふんだんにある。そしてその背後に、それぞれの視点が出てくる理由としての専門性の存在が垣間見え、意見は個人の責任で表明されるゆえ直截的で面白い。だから、若者ばかりでなく、マスメディア報道に飽き足りない知的レベルの高い読者たちも、ブログ言論空間に向かう。

 梅田氏の言うように、まさに「玉石混交」のネット空間において、「玉」をきっちりと見分けて自らの肥やしにするのはなかなか難しいものです。僕がネット空間を旅するコンパスとして携えていたいと思うのは、柔軟性=自分を革新する契機はどこに潜んでいるかわからないのだから、常に多面的な視野で物事を捉えるように努力する、ということ。 

 それにしても、彼のブログやその中に紹介されている情報に目を通していると、自分が本当の意味で「ものを考えている」のか疑いたくなってきます。僕もまた「自分の頭で考える」訓練が不足した日本教育の落とし子、ということになるのかもしれません。トレーニングあるのみ。