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ニッポンは祝日をやめてしまおう という暴論

今日は勤労感謝の日、祝日でした。日本の街は平和な祝日気分で、金融市場もクローズドしています。当たり前ですよね。
ところが、日本の目と鼻の先にある朝鮮半島では大変な事態が持ち上がっていました。北朝鮮からの砲弾が民間人も住む韓国領の島に着弾、死傷者が出たのです。
それを受けて、世界の金融市場はすぐさま反応しました。地政額的リスクを嫌う資金がアジアのリスク資産から一部逃避し、国債などの比較的安全な資産へと移動したのです。当然ながらそこに価格の変動が生じます。リスク資産の価格は下がり、安全資産の価格は上がる。日本の市場はその間、休んだままです。当時者の一人と国際社会ではみなされているのに。
祝日があるのはどの国だって同じ。それはそうです。しかし、国全体が休んでしまうような祝日を日本ほど多く制度化している国は多くありません。ほんの数日といったところでしょう。
日本だけがこんな状況なのは、とりもなおさず国際的なビジネスというものをもとから想定していないからです。取引相手がみんな国内にいて、そのみんなが休んでいるなら、自社が休むのも当然です。営業していてもあまり意味がありません。でも、ビジネスが国境をまたいだ瞬間、それは通用しなくなります。
「え?今日はなんで日本から何の連絡もないんだ?」
「休みだそうです。」
「はあ?世界中の顧客が稼動しているのに?」
「国民の休日だそうです。」
「・・・」

ではどうしたらいいのか?簡単です。現在制度化されている休日を会社と個人の判断で好きなときに取ればいいのです。ビジネスに影響がでないように交代で。
職場の空気で休みを自分から言い出すのは難しいといった文化的背景もあるのかもしれませんが、その程度のことは個人の「自律的判断」を促す形で解消していくべきでしょう。

Kazuteru Kodera