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 上司の指示は絶対か 自由市場は本当に自由か

マイケル・サンデル著「これからの正義の話をしよう(原題「Justice What’s the right thing to do」を読んでいると、いろいろなことを考えてしまいます。自由、正義、道徳、公正・・・。先日ご紹介した清水勝彦著「その前提が間違いです」はビジネスにおける間違った前提とそこから展開されるロジカルシンキングの危うさを指摘した好著でしたが、「これからの・・・」はより哲学的な(哲学の本なので当たり前ですが)、普段われわれが人間として生きている上での前提といったものに疑問を投げかけています。

中でも僕の思考に足跡を残したのは、「自由市場における自由な選択は、本当に自由なのか」という疑問。ある人が自分の意志で何らかの商品やサービスを購入するとき、それは外見上「自由な選択」だけれど、もしそれが外からは見えない何らかの強制が働いている、そんなことはないだろうか?と。

本の中では、一例としてアメリカにおける「志願兵」制度が挙げられています。アメリカには徴兵制はないので、全ての軍人は「志願兵」ということになるわけですが、実際に新兵の出身階級を見てみると、圧倒的に低所得〜中所得者層が多い。これは、「自由意志で志願してきた兵士」という外見の裏に、「経済的に貧しいがゆえに所得や教育機会と引き換えに命を危険に晒さざるを得なかった」という、目には見えない経済的な強制があったという見方もできるのではないか、と。

身近な事例で考えてみたところ、思いついたのは会社における「上司の指示や命令」でした。
例えばここにとても厳しい営業ノルマを課す会社があったとして、上司から「20件契約を取ってくるまで帰ってくるな!夜になったら公園ででも寝ろ!」とか「アポイントが10件とれるまで受話器を置くな!(ガムテームで受話器と手を縛り付ける会社もあるとか)などと言われたとします。それに対して、社員は従う義務があるでしょうか?

確かに社員は雇用契約を会社との間で結んでいます。そこには上司の指示に従って業務を遂行するといったことが書かれてあるかもしれません。そして、その契約は「双方の自由意思に基づいて」結ばれたものであるはずです。では、「お互い納得ずくでサインしたんだから、法令違反ででもない限り上司の指示には従うべき」でしょうか?

ひょっとしたらこの社員は、就職活動してもどこからも内定がもらえず、生活に困ってやむを得ずこの会社の門を叩いたのかもしれません。あるいは、苛烈な営業ノルマの話などは知らされないまま、入社したかもしれません。背後に、目には見えない「経済的な強制」や、「情報の不足」があったかもしれないのです。
イヤなら辞めればいい、退職の自由が社員にはある。それも一理あるでしょう。しかし、彼がやむを得ず入社したのと同じ理由で、経済的な強制力が退職を困難にしている可能性もあるのです。
これは僕自身の気づき(反省も込めて)ですが、一口に「自由があるのだから、イヤなら辞めばいい」とか「自由意志でその仕事を選んだのだから」という考え方には、やはりもう一歩踏み込んだ検討が必要なのだということです。そして、そんな検討の際には、「本当に自由な状態とはどんな状態なのか?」といった、哲学的な問いが含まれているのです。

一歩踏み込んで考える、ということ。先日の「その前提が間違いです」でも気づかされたことですが、習慣化していきたいですね。

これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学

これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学

Kazuteru Kodera