社長はなぜ運転手付きの車で移動するのか その3 経営者は何をする人ぞ

「経営者は経営しなくてはならない」というのは、ファーストリテイリングユニクロ)の柳井正社長が座右の書にあげたことで有名になった「プロフェッショナル・マネジャー」の一節です。

プロフェッショナルマネジャー

プロフェッショナルマネジャー

 

(この本、随分と以前に読んだのですが、この一節が鮮明に記憶に残った一方で、その他の部分は今ひとつ印象に残っていません。近いうちに再読してみようと思います。 )

社長はなぜ運転手付きの車で移動するのか?という問いに対する一つの答えが、この一節「経営者は経営しなくてはいけないから」だというのが今回のテーマです。権威を持った存在であるべきだから、でもなく、安全上の理由からでもなく、かといって日本でよく言われる「偉いから」でもなく。経営しなくてはいけないから、運転手付きの車なのだ、と。

数年前、ある中堅企業の若きオーナー社長と食事をしていたときのこと、彼の言った言葉がとても印象的でした。30代にしてお父様から複数企業からなるグループの経営を引き継いだ彼は、頭の切れもよくハンサムで、大胆な経営戦略を打ち出して活動的に飛び回っており、誰もが憧れる「若社長」のイメージにぴったりでした。そんな彼が、

社長なんて早くになるもんじゃないですよ。社長になってしまったら、時間とともにどんどん自分が磨り減っていく。10年もやったら、きっと心身ともにボロボロになってしまいます。

もし今のポジションで(あなたが)ある程度自由にやりたい仕事をできているのなら、社長になんて早くになるべきじゃないです。

企業のトップとして「経営をする」生活を続けることがいかにタフなのか、彼のような溌剌とした人物の口から出た言葉だけに、重く響いたことを覚えています。

 経営者が「社長の椅子」という御輿に物理的に乗っているだけではなく、本当の意味で「経営をする」となれば、要求されるのは何よりも認知資源(脳のリソース)と行動力を支える体力です。行動してアイデアを得て、集中して考えて、コミュニケーションによって意思を伝達し、他者を行動の渦に巻き込んでいく。その過程で消費される認知的・身体的なエネルギーは膨大なものになるでしょう。

そこで求められるのは、「そうした有限の資源を、どのように効率的に使うのか」の工夫です。かの若社長が言った「磨り減っていく」過酷な状況を、いかに少ない消耗で乗り越えていくのか。明晰な判断と活発な行動を損なうことなく持続するにはどうしたらいいのか。

一つの答えが、「経営をする」こと以外には認知的・身体的資源を可能な限り使わないという「捨てる」発想です。

  • 他人でもできる車の運転は運転手に任せる(運転は認知的資源をかなり使います)
  • 周囲への気遣いが必要な混んだ電車での移動や過剰な徒歩移動を避けるため、電車ではなく車・タクシーで移動する
  • 長時間のフライトはしっかりと眠れるビジネスクラス以上の座席を利用する (睡眠不足の翌日は、酒に酔っているのと同じ程度に認知能力が低下すると言われています)
  • 食中毒の危険を避けるため、(海外では特に)衛生状態の良くない安価な店では食事をしない

極端な例の一つは、Facebook創業者のマーク・ザッカーバーグ。彼は毎朝着る服を選ぶという認知的資源をセーブするために同じTシャツしか着ない、そのための同じデザインのシャツを大量に持っているというのは有名な話です。

 おそらく、「社長は運転手つきの車で」というのはこのような背景から定着した考え方なのだと思います。ただそれがいつの間にか「当たり前」「常識」になってしまい、経営をしていない「なんちゃって経営者」までもが理由を考えることもなく「社長なんだから」と地位に甘え、「楽チンだ」と後部座席でふんぞり返っている、という事例も多々あるのではないかと推察します。

 経営者は、経営しなくてはならない。