組織がプロ化するということ

タイで会社を設立して2年、本格的に事業活動をスタートして1年ほどが経過しました。まだまだ利益を出せる状態にはなっていないものの、お客様から定期的に注文をいただき、新規の取引に向けたさまざまな取り組みが行われ、ようやく「会社らしい」姿になってきたという実感を持っています。

そんな中、創業から2年の悪戦苦闘を支えてくれた第1号の現地スタッフが会社を去るという、寂しい出来事に見舞われました。家族をとても大切にするタイの人々。彼女もまた、地元に残してきた病身の祖母を介護するため、地元に帰るという決断をしたのでした。「この会社は私にとって家族のようなもの」と涙しながら退職の意向を告げた彼女に、僕は「いつでも戻って来ればいい」と声をかけました。
会社の草創期というのはどこも似たようなものだと思いますが、1人のスタッフが2役どころか5役も6役も果たしているもの。実際のところ、退職する彼女の日々の仕事は僕に言わせれば「ジャグリング」状態で、複数部門の管理職を兼務してスタッフをマネジメントしながら、自身も経理や人事など信頼できる人材にしか任せられない仕事を一手に引き受けてくれていました。

そんな優れた「ジャグラー」が会社を去るということは、一体何を意味するのか’? 混乱? そうでしょう。私と一緒にタイで仕事をしている日本人駐在員の一人は、その後の混乱を思い、「彼女の家族の面倒を会社で、いや、私が見ますから何とか引き止めてください」と僕に詰め寄ったのでした。(お酒に酔った上での発言ですが・・・)。
ただ、僕は随分と違った見方をしていました。混乱はもちろんあるでしょうが、その上での「成長と発展」が組織にもたらされる可能性の方が大きいと感じていたからです。生来の楽天家であることもありますが、やはり「事業の成長ステージに合わせて、それを支える人材は変化していく」という摂理を意識していたからです。もちろん彼女がチームからいなくなることはこの上もなく寂しい。ゼロから二人三脚で会社の形を作ってきたある意味でのパートナーでしたから、その感情は人一倍ありました。でもそれと同時に、新しいメンバーが作り出していくであろう新しいチームとその仕事に、ワクワクするものを感じていました。

その後の話をしましょう。結果的に、「ジャグラー」として彼女が切り盛りしていた仕事は、3名の専門的業務経験を有する新規採用のスタッフに引き継がれました。採用面接には彼女にも出席してもらい、会社ののカルチャーや外国人である我々と一緒に仕事をする上での適性などをアドバイスしてもらいながら。。。一人でやっていた仕事を3人に引き継ぐ!?と驚かれる向きも多いかと思いますが、すでに事業の規模も拡大しており、それぞれの分野に専任のスタッフを置くに十分な業務量があった上、仕組みや質の向上という意味でも、それぞれの業務分野が専門家を必要としてたのです。

新任スタッフが業務を引き継いで1か月あまりが経過し、彼ら(全員が女性なので彼女ら)は各々の持ち場でその持ち味を発揮しつつあります。これまでの経験をもとに、会社の仕組みをアップグレードする提案を出し、次々と仕事のフローをバージョンアップしているのです。しかし、彼女らにとってみれば、何もすごいことをやっているわけではありません。経験と知識にもとづいて、「会社を当たり前のあるべき姿にする」という作業を行っているのです。こうして、組織は専門家を迎え入れ、「プロ化」していくプロセスを歩んでいく。事業の成長と進化にとっては、これは欠くことのできない歩みです。

もし第1号社員であり優秀なジャグラーであった彼女が会社を去ることなく、新規採用もなかったら? その問いはやめておきましょう。チームの貴重な一員を失ったのはやはり痛手ですし、できることなら一緒に仕事をしていたかった。その気持ちに嘘はありません。
ただ、その感情だけに囚われていては、組織の変化と成長は難しくなる。両立ができれば一番なのですが、それは叶わぬ願いというものでしょう。