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 ストレスと付き合う?/付き合わない?

「ストレス耐性」という言葉がありますね。僕は就職活動をしていた時、その言葉を初めて知りました。字面通り「ストレスにどのくらい耐えられるか?」を表していて、通常「高い/低い」といった非数値的な指標で語られます。何を隠そう、僕が最初に入社した会社は、「ストレス耐性が高いこと」が採用における一つのポイントになっていました。(これは後年、採用面接をする側に回ったときに知るのですが・・・)
最近こんな本を読みました。

のめり込む力―楽しみながら仕事の成果をあげる7つのルール

のめり込む力―楽しみながら仕事の成果をあげる7つのルール

サブタイトル「楽しみながら仕事の成果をあげる7つのルール」とある通り、これからは仕事を楽しむ人が成果を上げて行くというメッセージとともに、どのようにしたら仕事を楽しむことができるのか?といったことについて書かれた本です。
その中で興味深かったのが「ストレス」に関しての記述で、「ストレッサー」と「ストレス反応」についての箇所。日本語で「ストレス」と一般的に言われているものは、心理学的には「ストレス反応=うつ状態や倦怠感など、何らかの原因で起こる身体的・精神的な現象」と「ストレッサー=ストレス反応のもとになっている原因」の2つがあるというです。つまり、原因と結果ですね。ストレッサーという原因があって、ストレス反応という結果がある、と。
例えるならば、職場の上司とウマが合わなくてうつ状態になっているといった場合、ストレッサー=上司、ストレス反応=うつ状態、となるわけです。
ここがポイントなのですが、ストレス反応を根本からなくすためには、つまりうつ状態などから脱却するためには、ストレッサーすなわち原因の方を何とかしなくてはいけない、ということ。ストレッサーの解消なくして、ストレス反応の解消はない、と。
ところが、世の中で言われる「ストレス解消」は、スポーツをしたり遊びに行ったりと、ストレッサーの解消には目を向けず、とりあえずストレッサーの存在から「目を背ける、忘れる」ことを指している。ストレスの原因になっている上司との関係を改善するといったことではなく、とりあえず上司の顔を忘れられる活動に没入することが「ストレス解消」とされている。
僕自身の不勉強もあるのですが、これはストレスに関するコペルニクス的転回を人々にもたらすのではないかと感じました。つまり、「ストレスは所与のものとしてそこにあって、耐えられる人と耐えられない人(ストレス耐性の低い人)がいる」とか、「ストレスをうまく解消できる人=ストレスに強い人」というのでは全然ないということですね。
ストレスに強い人とかストレスとうまく付き合える人というのは、ストレス反応の存在を自分に感じたら、すぐにその原因であるところの「ストレッサー」が何なのかを考えて、ストレッサーの解消に向けた行動をとることでストレス反応を減少あるいは消滅させることのできる人。こうやって分解してみると、自分のこれまでのストレス反応に対する対応がいかに的外れだったかといったことを痛感させられます。
皆さんは、どうでしょうか?