専門研究と社会変革の狭間 

ダニエル・ピンク著「モチベーション3.0」を読みました。以前に彼がその著作「ハイ・コンセプト」で解説した、クリエイティビティが求められる21世紀型の仕事。そんな仕事に携わる人間のモチベーションは、従来型のルーティンワークの際に用いられてきた「アメとムチ」式の交換条件付き報酬では高めることはできない。

そこで求められるのは、「自律(Autonomy)」「熟達(Mastery)」「目的(Purpose)」の3つである。相変わらずの明快な筆致で語られて行く現代のモチベーション構造の姿は、自分自身に当てはめて考えてみても頷かされることばかり。これまでビジネスの世界に応用を試みられることの少なかった心理学をはじめとする諸分野の研究成果を見事にまとめ上げ、現実への応用可能な姿にまで昇華してくれている見事な著作でした。

モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか

モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか

ここで僕が考えさせられたのは、「専門研究」と「現実への応用」の狭間に存在する巨大な谷間についてです。その谷間とは一体どういうものでしょうか?

「モチベーション3.0」という本の中には、著者であるダニエル・ピンク氏が自ら実験をしたり、調査研究を自ら行った内容はほとんど出てきません。彼は専門の学者ではないし、このモチベーションというテーマについて考え始めたのもここ2、3年のことだそうです。にも関わらず、この本はビジネス界にある種の衝撃をもって迎えられ、そして恐らく、今後企業の経営者や人事部門の人間がこの本を参考にさまざまな施策を打っていくことになると言われている。どういうことなのでしょうか?

それは、ピンク氏の本が複数の研究者の手によってなされたいくつもの専門的研究の成果を整理・統合し、現実に応用できる形でまとめあげ、それを分かりやすい実験結果や事例を示しながら実に明快に発信をしたからです。大学などの研究機関で行われている専門的な調査研究と、実際の世界(経済や政治、社会)への適用というプロセスの間に存在する溝を、見事に埋めてみせたのです。そして、社会にある種の変革を起こそうとしている。

専門的な研究を行う研究者は、つい自身の専門領域のみに視野狭窄状態で取り組み、その学問領域を「深めて」いくことに集中しがちです。また、大学の縦割り社会の中で、学問領域をまたいで水平的に研究成果を統合していくという動きはとりにくいとも言われます。

「モチベーション3.0」は、まさにそうした状況が第三者の、明快な思考と大きな視野の持ち主によって打破されうるという事例を示したものです。僕自身も、そのような存在になっていきたい、そう考えさせられた一冊でした。

Kazuteru Kodera