本の中の匂いと記憶 カンバセイション ピース

保坂和志の小説「カンバセイション ピース」を読み始めました。最近の読書時間は寝る前の約30分。時には眠い目をこすりながら。

カンバセイション・ピース (新潮文庫)

カンバセイション・ピース (新潮文庫)

ゼミ同窓生のきみちゃんに、「ハラハラとかしなくていい。何だか訳がわからないけれど何となく腑に落ちる、そんな小説を」という不思議なリクエストをして推薦してもらった何冊かのうちの一冊です。

一軒の古い家を舞台にそこに住む人、住んでいた人、そして猫。そんな登場人物たちが何ということもない日常を送って行きます。ただそれだけの話。まだ半分くらいしか読んでいませんが、最後までこんな感じなんだろうなという確信があります。

ストーリーは、ない。ただ、積み重ねられていく文章表現によって、いつの間にかその古い家の匂いが漂ってくる。登場人物たちの会話が聞こえてくる。顔が浮かんでくる。そして時折、自分自身の記憶と交じり合ってかすかな感慨を呼び起こす。そんな小説です。

物語というのは、こんな形で読み手の心の中に小さな石を投げ込んで、それが呼び起こす波紋が読み手を揺さぶるなんてことがあります。物語そのものではなく、物語によって喚起された読み手の個人的記憶が心を揺らす。物語の書き手は想定もしていない心理状態が、いつの間にかもたらされている。不思議なものです。

読書は個人的な経験だ、というのは僕の考えだけれど、このカンバセイション ピースという小説はまさにそんな読書を提供してくれています。

Kazuteru Kodera