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 記憶の銀行 自分史を積み重ねて歴史を紡ぐ

イタリアで始まった活動「MEMORO the bank of memories(記憶の銀行)」の存在を最近知りました。先日ご紹介した映画専門の学校に通う友人に教えられて。
1940年代以前に生まれた方々の思い出話や体験談を、ビデオという形でWebに蓄積し、その記憶をわれわれの共有財産として蓄えて行こうというプロジェクト。日本語サイトには以下のような紹介文が掲載されています。

お祖父さんの膝の上で聞かせてもらった思い出話。お祖父さんの体験を一言も聞き逃すまいとじっと耳を傾けたあの一時を懐かしく思う人は多いと思います。こうした思い出の語り伝えを通して私達は上の世代の体験を自分達の体験として、過ちは自分達の過ちとして、その目標も自分達の目標として分かち合ってきました。こうした思い出話は世代から世代へと語り継がれることで生き続け、違った習慣や伝統の中で培われた人生の意義を若い世代に教えてきたのです。私たちは大人になるにつれ、年配者に目を向ける必要性、彼らと話す必要性、彼らの人生の話を聞く必要性を一層感じるようになるものです。

年配の方々と腰を落ち着けて話す機会があれば、それはそれは面白い世界が発見できます。Memoro Project (メモロ・プロジェクト)はその面白さをわずかでも皆さんにお届けしたいと考えています。お届けするためのメディアにはビデオを選びました。ビデオなら体験談が持つ意味を「純粋なそのままの」メッセージとしてお伝えできるからです。語り部の声、表情、身振り手振りも切り捨てることのできない話の一部です。ビデオを配布するメディアにはインターネットを使用します。柔軟性、有用性、アクセスのし易さの点でウェブに勝るものはありません。また、インターネットなら誰でも新たなコンテンツを加えられるからです。そしてまた、インターネットは新世代のメディアであり私たちが取り上げる思い出の管理人にもなれるからです。
http://www.memoro.org/jp-jp/progetto.php

先日このブログに書いた通り、一人一人の人間がその生を全うする間に一体どんな経験をし何を考えていたのかということは、これまで口伝えで伝わってきただけでした。それが、現代では本人のブログなどでより多くの側面を垣間みることができるようになっている。ビデオというのも、また一つの手段です。
映像で伝えることで、紹介文が言う通りそれは純粋な形で保存され蓄積されていくのかもしれません。Webという存在が語り部となって、本人の口から語られた体験をそのままに伝えて行く。
記憶の銀行、今度じっくりと見てみたいと思います。
Kazuteru Kodera