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 新興国の衝撃4 使命感を力に変えて

(昨日に引き続き)
2. 使命感
彼らが持つ使命感の強さと大きさとにも驚かされました。「一歩国を出れば自分は母国の代表」というコメントをケニアからの参加者から聞いた時には、思わず秋山真之の「俺が一日休むと日本が一日遅れる」という言葉を思い出しました。それほどまでの強い使命感。昨日書いた「情熱」が自分の人生を大切に思う気持ちだとするなら、この「使命感」というのは自分の所属するコミュニティに対する愛情と言えるかもしれません。小さなところでは家族。大きなところでは国、あるいは地球。そうした、自分以外の存在に対して強い愛情をもち、「大切にしたい」という気持ちを行動につなげようとするとき、そこには使命感が生まれるのではないでしょうか。
彼ら新興国の経営リーダーに共通していたのは、自分よりも大きな存在への使命感、そしてコミットメントでした。母国を豊かにしたい、社会に貢献するリーダーになりたい、こうした夢を真剣に語る彼らには、その貢献したいと願う対象への強い愛があったのです。
僕自身は、まず家族というコミュニティを大切にしたいと思っています。それは変わりません。しかし、その先にある、より大きな存在への愛情となると、甚だ自信がなかった。日本という国は大好きだけれど、悪政と個人の弱体化が進むこの国を一体どうしたれいいのか。あるいはそもそも日本という国のために何かをしたいと思っているのか、わかりませんでした。
彼らと接して、自分なりに心に聞いてみて今たどり着いている一つの答えは、「国家」という人工物に対する愛情などたかが知れているということ。一方で、この土地の上に生まれてくる次の世代の子供たちに、幸福な場所と時間を提供したいという思いに対しては、疑問の余地なく使命感をもって取り組めるということ。
それは国という概念で括られる単位ではなく、地理的な国境とか人種とか、そういったものとも関係がないのかもしれません。もちろん同じ民族である日本人に対してはとても強い気持ちを感じますが、それが異なる民族だからといって変わるものでもない。「未来の人々に対するコミットメント」それなら、自分にもありそうだ。これは僕の中での発見でした。
日本とかインドとか、国家という人工的な枠組みに僕たちは拘りすぎているのかもしれません。テレビ報道などの影響もあるでしょう。「日本は、日本人は」と。でも、一度そんな枠組みを取り払って、「人間」というミクロな視点で未来を眺め、自分の次の世代を生きる子供たちの姿を思い浮かべてみたときには、自然とそこに愛情と使命感が湧いてくる。そんなことはないでしょうか。
Kazuteru Kodera