シャープが洗濯機を作っている理由(後編)

ひょんなことから始まった洗濯機についてお話の続きです。シャープの洗濯機売上高はおよそ300億円(推定)、日本国内市場の5%程度を占めているのではないか、と昨日書きました。
ちなみに、日本の洗濯機市場におけるシェア上位の顔ぶれを2007年度の数字で見てみると、1位東芝(27%)、2位日立(20%)、3位パナソニック(17%)となっています。
GfKマーケティングによるシェア調査
この顔ぶれとシェア数値を見る限り、シャープは業界5位〜7位といったところでしょうか。いずれにしても、「競争を優位に進めている」とは言いがたい状況です。ジャック・ウェルチの言「市場の1位または2位にならない事業は撤退または売却」に従えば、シャープにとって洗濯機という事業は特に戦略的にも重要ではないし勝ち戦を展開できているわけでもない事業、といった位置づけになってしまいます。(もちろんウェルチの言は少し極端です。)
液晶テレビ」のイメージが強いシャープですが、洗濯機だけではなく、昨日も書いたとおり掃除機・加湿器などといった白物家電全般にその製品領域を持っています。テレビや液晶の技術と洗濯機や掃除機の技術。あまりシナジーが効いているとも思えませんが、とにかく「全部ある」という印象を受けます。
実はこれ、シャープだけに限らない日本の電機関連メーカーほとんどに言える現象ですよね。東芝しかりパナソニックしかり日立しかり三洋しかり。いわゆる「総合家電メーカー」というやつですね。パソコンから掃除機洗濯機まで何でもありますよ!というフルライン戦略です。ではなぜ、日本の各メーカーは「総合」になっていたのでしょう?メーカーとしてのプライド?それもあるでしょう。でも、私が納得しているのは以下の2つの理由です。

1.人事戦略上の要請
企業の人事制度上、製品ラインをガンガン拡大していく必要があった、という考えです。
日本の大企業はかつて(現在でも一部は)年功序列を人事制度のポリシーに据えていました。実力差が処遇(報酬・ポスト)に反映される部分はもちろんあるけれど、基本的には年齢とともに報酬とポストが上昇していく、というシステムです。そして、よほどのことがない限りクビにはならない。
これにより、日本の企業は定着率の高い安定した労働力を確保することができ、大家族的な温かさの中で高度成長時代のハードワークを乗り越えていくことができたのだと思います。ところが、そこには宿命的に必要になることがあります。それは、年功序列を維持するための報酬とポストとを企業が用意していかなければ、この仕組みは成り立たない、ということ。従業員の年齢上昇は一定のスピードで進んでいく(当たり前です)わけですから、そのペースに見合った形で社内にポストが作られていかなければなりません。もちろん、それに応じた給料も。
時は高度成長時代。国内市場はどんどん拡大しているし輸出も伸びています。売上と利益を増やしていくことは十分可能でした。だから給料は問題ありません。ところが、ポストの方はどうでしょう?
一般的に、ひとつの事業で売上が10倍になってもポストは10倍にはなりません。一人の部長さんが率いるA事業部の売上が5億円から50億円に増えたとしても、部長さんの人数が10人必要になる、なんてことはないのです。せいぜい分割して2人か3人になるといった程度でしょう。つまり、単一事業では売上成長とポスト数はリニアに増加していかない、ということです。
一方、従業員の方の年齢はほうっておいてもどんどんと上がっていき、必要になるポストは増える一方です。そんな時に有効なのが、事業の数そのものを増やしてしまう、ということ。5億円の事業が50億に成長しても部長の数は1人のままですが、5億円の事業部を10個作れば部長は10人必要になります(話をものすごく単純化しています)。
事業の数を増やすためのひとつの形として、製品ラインの拡張(テレビから電子レンジ、さらには洗濯機・掃除機など)を行っていった、という考えですね。

2.流通戦略上の要請
流通業者からのリクエストに応える形で製品ラインがどんどん増えていった、という考えです。
今でこそ家電は家電量販店で買うのが一般化していますが、一昔前は違いました。いわゆる町の電気屋さんというのがあって(今でももちろん残っています)、近所の電気屋さんに注文して購入していたんですね。そして、そうした電気屋さんの多くは、ひとつのメーカー(ナショナルならナショナル、日立なら日立)しか取り扱っていない特約店型の小売店であることが一般的でした。松下電器産業が、その強力な小売店網を使って売上を伸ばしていったのは有名な話ですね。
このような特約店型の流通形態をとっている場合に何が起こるでしょうか?たとえば我が家が日立ショップであるX電気さんを贔屓にしているとして、ある日電気冷蔵庫を買おうと思い立ったとします。いつもの通りX電気さんに出かけていって冷蔵庫を見せてというと、「ごめんなさいねー。日立は冷蔵庫やってないんですよ。」と言われたとする。がっかりです。仕方なく少し離れたところにある東芝ショップのZ電気に出かけて冷蔵庫を買いました。そのときの対応が感じよくて気にってしまい、我が家はそれ以来Z電気さんの得意先になり、電球の交換から家電の買い替えまで全部お願いすることになりました。
とこんな話があったとすると、日立ショップのX電気さんは我慢なりません。日立に怒って電話です。「冷蔵庫作ってくれないと困るよ。おかげで何世帯ものお得意さんが取られちゃったじゃないか!対応してくれないようだと、今度からは東芝さんから仕入れるからね!」日立は仕方なく冷蔵庫の開発に着手しましたとさ。
こんな具合でどんどん製品ラインが増えていきました、というお話です。

以上1と2があいまって、日本のメーカーはみな「総合」になっていったのじゃないかな、というのが現在の私の納得している内容です。