「正しい色」ということ

自分の眼に飛び込んでくる景色や色。これは唯一自分だけが見ているもので、同じ光線を他人が見ることはできない。そういう意味で、日々僕達が見ている光景というのはすごく個人的です。自分が見ているのと同じ色、同じ階調で他人も見ているかどうかなんて、僕達に知る術はないんですね。
フィルムカメラについてもっと身近に感じたいと思って、こんなエッセイを買いました。

旅するカメラ〈2〉 (エイ文庫)

旅するカメラ〈2〉 (エイ文庫)

写真家 渡部さとる。先日ご紹介した「CAMERA magazine」にも紹介されていたカメラマンのエッセイ集です。
その中に、こんな文章がありました。

ヨーロッパの映画を見ると気になることがある。色調が茶色っぽいのだ。これは全てのヨーロッパ映画に共通している。昔から日本映画と外国映画の、明らかな色の違いを不思議に思っていた。(中略)
海外ロケでは、空港のX線検査のリスクを考えて現地で現像をする場合がある。それがパリやロンドンだったりすると、明らかに日本で現像した場合と色合いに違いが出るのだ。やはりアンバー(茶色)がかっている。白いものが白く出ることが基本なのに、この差はなんなのだろう。これは日本人とヨーロッパ人とでは、物の見え方に明らかに差があるからではないだろうか。
日本人の眼の虹彩は黒。対してヨーロッパ人はブルネットだったりブルーアイだったりと虹彩が薄い。虹彩自体が違うということは、見え方にも当然差があると考えていいだろう。

北野武監督の映画は「キタノブルー」と言われ、その独特の青色がかった世界がヨーロッパで人気だといわれるけれど、日本人が見てもそんなに青いとは思えない。こうした違いも、眼の構造によるものなのだそうです。
世界には「正しい色」なんてものは存在していなくて、ただ、自分の眼が見た世界がそこに広がっている。自分の眼が捉えた自分だけの光線。そう考えると、日常で見つめるもの一つ一つが何だか自分だけの占有物のようで、愛おしくなったりします。