旅には何を装備する? 選ぶことは選ばないということ

ゴールデンウィークがやってきました。数少ない大型連休ということで、僕も明日から人並みに旅行に出かけます。そんな時に悩むのが装備・・・。そう、どんなレンズを持って旅に出るのか、ということ。
旅は身軽が一番。だから重量にはそれなりにこだわります。とはいえ、軽い標準レンズ1本で出かけていくには余りにももったいない。一方、あらゆる構図・被写体に対応しようとすれば、広角から望遠まで幅広く揃えなくちゃならない。人生は常に「選択」によって成り立っているなんて話は少し大袈裟ですが、こうした小さな決断だって、いざシャッターチャンスを前にすれば猛烈な後悔を招きかねない大きなものなのです。
昔、ファミコンでRPGなんかをプレイしていると、主人公にどんな装備をさせるのかにひどく悩んだものです。防御力の高い鎧を装備したいけれど、重い鎧は素早さを低下させる・・・うーん、どうしたものか・・・なんて具合に。
何か一つを選び取ったとき、それは同時に何かを「選ばなかった」ということ。そんな当たり前の事実ですが、ふと考えてみると大切なことだったりします。
ラグビー日本代表監督の平尾誠二氏は、娘さんを育てるとき、必ず「自分の判断で選択させる」ということを意識していたそうです。ケーキをお土産に買う時は、必ず種類も値段も違う複数のケーキを買って帰る。そして娘さんに一つを選ばせる。選ばなかった方のケーキは、それが後になってどんなに美味しそうに思えても、決して与えない。それどころか、娘さんがあるケーキを選んだ後で、彼女が選ばなかった方のケーキを指して「ホントはこっちの方が高くて美味しいケーキだったんだよ」なんて言ったりする。
「何かを選ぶということは、何かを選ばないということ」。どんなに些細であっても、一つ一つの自分の決断は何らかの可能性を犠牲にした上で為されているんだ、という意識を、しっかりと体と頭に浸み込ませるための教育だったんだそうです。やがて、娘さんはケーキを前にして、いろいろな質問を投げかけてくるようになったのだとか。より多くの情報を手にし、少しでも正しい決断をしようとし始めたんですね。
さて、僕は一体どのレンズを選び、どのレンズを選ばないのか。決断の時はもうすぐです。

香ばしくおいしそうに焼けた目玉焼き。日曜の朝の素敵な光景ですが・・・さぁ、どっちを選びますか?