幽玄 〜仙巌園の空気〜

薩摩の土地を長年にわたって統治した島津家。その別邸があった仙巌園に出かけました。ここは幕末期、欧米との実力差に強い危機感を抱いた藩主・島津斉彬が近代工業を興すべく行った「集成館事業」が有名ですが、藩主の別邸として、その庭園も名高いところ。
海を眼前に臨む切り立った山に、当時のままの遊歩道が刻まれていました。

背中にじんわりと汗をかきながら、こうした道を15分ばかり登ったところにあるのが、「筆塚」。藩主が使い終えた筆を供養するため、1メートルほどの筆の形をした石塚が作られていたのだそう。今はその土台だけが残っています。平らな石の真ん中にぽっかりと口をあけた丸い穴。何だか別世界への鍵穴のようにも見えてしまいます。何を差し込んだら扉が開くのか、その時には答えが見つからなかったけれど。

薄曇の天気だったこともあって、苔むした石たちの姿はなんとも幽玄。静かに山の中に佇む様子は、何とも言えず厳かで、それでいてどこか優しさを感じさせるものでした。ふと思えば、登山にほとんど出かけなくなった最近、こんなにも沢山の石に囲まれたのは久方ぶりのこと。喘ぎながら山を登るときには感じられなかった温かい感情が湧き上がってくるのは、体力に余裕があったからでしょうか。

下りの道、転ばないように足元を注視しながら歩いていたら、つい立ち止まりたくなるような道端の石の光景が目に留まりました。先を行く友人たちの姿を気にしながら、シャッターを切ります。

ただの石、ただの苔、ただの草。それでも心が動いてしまう。この質感・情感を表現するには、僕の写真の技術・文章力は拙すぎます。
photo ; Nikon D200 with SIGMA 30mm F/1.4 DC HSM