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会社は友達を作る所じゃない?

「会社は友達を作る所じゃないんだ!しゃべってないで仕事しろ!緊張感を持て!」というのはよく日本の職場で聞かれるセリフです。間違ったことを言っているわけではないし、そうだよね、無駄話してないで仕事しなきゃね、と頷ける。

でも、職場内のコミュニケーションは、多い方が少ないより良いはず。コミュニケーション不全で悩んでいる組織は多いし、そのために社内SNSを導入したりオフサイトミーティングを開いたりと、いろいろな工夫をしている。一方、コミュニケーション過剰、無駄話をどう解決するか?といったテーマのビジネス書なんて見たことがありません。この矛盾はなぜ起こるのでしょう?


タイの会社のオフィスでは、日本と比べるとかなり職場内のおしゃべりが多いように思います。まず女性が大半を占めるし、その上おしゃべり好きの割合が多い。タイ語のわからない僕には、無駄話なのか業務上のコミュニケーションなのかわかりません。ただ、何だか楽しそうにしています。仕事=辛く苦しいもの  という変な固定観念のある日本の風土では、この光景はすなわち「仕事していない」と映るでしょう。緊張感が足りん!仕事ってのは真剣な眼差しでやるもんだ!と。

でも、この緊張感の足りないオフィスで業務が停滞しているか?というとそうでもない。離職率も、他社と比べるとかなり低く安定しています。これは人材会社の方も驚いていたレベルなので、恐らくそうなのでしょう。なんだ、職場のおしゃべり、いいじゃない?緊張感?なくてもいーんじゃない?と。


自身を振り返ってみると、緊張感溢れて人間関係のギクシャクしていた会社より、年齢の近い同僚とわいわいやりながら仕事していた会社の方が仕事の充実感もあったし、パフォーマンスも高かった。その上、その会社のメンバーとは「仲間」と呼びあい今でも友達付き合いをしています。会社で友達を作ってしまったわけですね。


結局のところ、職場の良好な人間関係は業務のパフォーマンス向上や離職率の抑制に有効で、おしゃべりも人間関係の形成に資する有効なツール、と言えるのではないかと思っています。

仮にそれが業務とは無関係の「無駄話」であったとしても、人間関係を良好にするという意味では悪くはない。それが原因で会社に損害を与えるような職種ではなく(当社でも製造現場のオペレーターは私語禁止です)、人事評価が成果と能力にフォーカスしていて無駄話だけをしに会社に来ている人を排除する仕組みがあるのなら。


どうも日本の伝統的な仕事観というのは、「~道」に近いものがある気がします。だから、道場に掲げられているような標語、「酷苦勉励」とか「真剣勝負」とかいったものがオフィスにも掲げられていたりするのでしょう。

ただ、やはり仕事と「~道」は違います。チームプレーである以上、しかめ面だけではね。。。






日本は何はともあれ成熟した社会

衆院選の話題は海外にいるとあまり身近に感じないのですが、今回は日本滞在中に不在者投票したこともあり、自分の選挙区の結果だけはチェック。残念ながら、というべきでしょう、投票した候補者(愛知で減税を訴える地域政党の候補者)は落選し、自民党候補が圧勝していました。投票前からこうなることはみな予測できていたはずで、いかにマスメディアが「大義なき解散」を叫んだところで、解散そのものに違法性がない以上どうなるものでもありません。

アベノミクスの是非を問う、というのが「争点」だったと新聞には書いてありましたが、それも怪しいもの。国民はアベノミクスが今後引き起こす経済へのインパクトについて理解をしていたか?と言われれば、そうではない。というか、世界中が「どうなるんだろう?」と興味津々で見ているくらいだから、誰もその帰結を予想できない状況なわけで、国民にできたことと言えば、「他と比べてどこがよりマシか?」という消去法的選択にならざるをえない。

結果として、アベノミクスペリメント(アベノミクスの実験、エクスペリメントをかけた僕の造語)にあと数年の時間と資源を投じるという賭けに掛け金を投じるという意思決定がなされた。それが吉とでるかはわかりませんが、実行を中途半端にすることなく、やることをやる、ということでしょう。

それにしても、日本が総選挙において国民に選択を問うたテーマはとても抽象度が高く難しい。与野党の主張にほとんど差異がなく、自民党が好きか嫌いかしか選択の根拠がないような状況。これはいかに日本の経済社会が成熟しているか?を表しているように思います。言い換えれば、誰に、どの政党に投票しようが、個人の生活にダイレクトに損得が発生するようなリアリティーあるトピックは争点にすらならない。誰も見通せないような中長期的な課題や正解のない問いかけに有権者が晒されている。

当地タイでもそうですが、途上国の多くでは選挙というのは文字通り血が流れるほどのリアリティーを持っており、誰が勝つか?で個人の生活にダイレクトに影響してくるケースが多い。だから、出稼ぎの労働者であっても、タイでは仕事を休んで故郷に投票しに帰るといったことが当たり前に起こります。争点は明確で、どのグループが経済的利権を手にするか?が露骨に争われる。個人にとって、投票行為には「正解」があるのです。あとは数の勝負になる。だから投票率も高い。

日本は戦後の歴史を通じて、そうした血の出るような対立構造を経済成長の果実の分配によって少しずつ解消し、現在ここに至って「国民全員」の直面する課題に向かうための選挙をしている。成熟した社会のあり方として、これはこれで健全なのではないか?と思います。


タイの会社イベントに学ぶ組織活性化のヒント

タイの会社における一年でも最大級の社内イベントは、クリスマスシーズンに行われるニューイヤーパーティーです。厳密にはまだニューイヤーではない時期に開かれるのですが、一般的にニューイヤーパーティーと呼ばれ、全員参加のイベントとして定着しています。

内容は様々なようですが、共通する特徴として、すべてが社員自身による企画と運営で行われること、お揃いのTシャツを作るなど「団結」を表現するケースが多いこと、スポーツを絡めたアクティビティが含まれることなどがあるようです。

今年は当社が本格的に稼働して会社らしくなって最初の年末ということで、ニューイヤーパーティーに向けて会社内は異様な盛り上がりを見せています。「おいおい、会社のイベントでしょ?そんなの盛り上がらないでしょ?」というのは日本の常識。タイでは日程を決めて発表した瞬間から、リーダー(自然発生的に仕切る人が出てくる)を中心に企画運営チームが組織され、イベントのコンセプト、Tシャツのデザイン、チームビルディングのためのスポーツイベント企画、パーティーの場所選定と福引きなどのイベント企画、メニュー選定などなど、あらゆるタスクが一気に進められていきます。その姿は、日頃のんびりと仕事をしているメンバーとは思えない統率とスピード感。ああ、タイの人は楽しむことに貪欲、そしてエンジョイすることが得意なんだなあ、と改めて感じます

何よりも、そうしたイベント企画と実行に際しては、組織の壁などなく全員がひとつになって取り組んでいるという点が印象的。企画運営の過程で、部署の壁がなくなっていき、新しいメンバーも自然にチームに溶け込んでいく。イベントの当日だけでなく、その準備の過程が一つのチームビルディングの場になっている。まだ生まれたばかりの当社にとっては、そうした機会は何よりも大切です。
Tシャツの背中に記されたイベントのコンセプト、嬉しくなりました。「We work together, We are one team.」

仕事を抜け出してイベント会場の下見に行ってしまうなどちょっと目に余るところもあるけれど、組織活性化のプロセスだと思えばそれもまたよし。当日が楽しみです。


出城を守っていたら本丸が焼け落ちて・・・

今回の日本での滞在は、主に「本丸」であるところの日本本社の将来に向けた活動という位置づけでした。新しいマーケティング施策の準備、組織強化提案、人材の採用 などに関する活動を集中的に行いました。

タイ事業もまだ軌道に乗ってもいないというのに、その前線を離れて本丸を強化するというのは一見奇異に見えるかもしれません。前線に置かれた出城を放ったらかして、本丸の塀やら石垣やらを強化しようとしているのですから。しかし、海外という「競争の最前線」で戦況と敵情を知れば知るほど、日本という本丸の事業脆弱性を一日も早く何とかしなくてはならないという強烈な危機感に襲われるのです。それが、今回のような出張という形で、また来年からは日本滞在の比率を大幅にUPさせるという形で行動しつつある理由です。

出城が出城として機能して有効に戦を進めていくには、本丸と複数の出城との連携・ネットワークが欠かせません。出城で得られた情報は逐一本丸に伝えられ、対局的な視点でネットワーク全体を生かした作戦が作られ、徹底して実行される。逆もまたしかりで、本丸で得られた大局的な情報や判断はシームレスに出城に伝えられ、現場レベルでの意思決定に反映されなくてはならない。ネットワークのハブに位置するのは本丸で、そこには優れた人材とノウハウと、大きな絵に基づく意思決定機関とが存在しなくてはなりません。

最前線である出城にももちろん有能な指揮官は必要ですが、そこに戦力と資源が集中されていると、どうしても局地戦での視野に引っ張られて偏った意思決定と行動がとられてしまいます。事件は確かに現場で起きているのですが、複数の現場の状況を把握して最適な資源の配分と意思決定をするには、やはり会議室に置かれた参謀本部が必要。出城が本丸に指示したり動かしたりというのは望ましくない。これが僕の考えです。

今僕の目に映っているのは、そんな重要な本丸がハードとソフト両面での研鑽を怠った結果、石垣は崩れかけ、堀は埋まり、武将の士気は失われつつあるという情景です。このままでは、「出城を守っていたら、いつの間にか本丸が焼け落ちていた」という状況になりかねない、そんな危機感が強く僕を支配しています。

クリスマスの頃には、また日本にやってきます。プライベートの重要イベントも控えており、次回の滞在は長期にわたる予定です。本丸の改修工事も、より具体的なフェーズへと進展させていくつもりです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

またデバイスを増やしてしまった

つい最近、6インチサイズのスマートフォンを新たに購入しました。でも実はこれ、携帯電話としては使っていません。携帯は従来通りiPhone。用途はもっぱら、小型のタブレットとして。

タイで仕事をしていると、とても車の移動が多くなります。まず会社までの通勤に往復2時間。日中に出かけることがあれば、場所にもよりますが往復2時間と言うのはよくあること。そうなると、車内でどう時間を使うかが問題になります。電車や車での移動中は寝ている、という人もいますが、1日4時間以上も車で寝てしまってはなんとももったいないことになります。
そこで、やはりスマートフォンやPCを使って仕事や読書などをしようと言うことになる。メールをチェックしたり、新聞を読んだり、雑誌を読んだり。

僕も色々と試したのですが、まず候補から外れたのはPCによる仕事。タイの道路の路面はとてもでこぼこしているので、とてもノートPCを覗き込んで仕事をできるような環境ではない。もちろんできなくはありませんが、短時間で激しく目が疲労します。となると、当時携帯していたiPhoneでということになった。ところがこれも問題がある。iPhoneの4インチサイズのディスプレイでは、視野が狭すぎてやはりすぐに疲れてしまう。何か他の方法はないか??と行き着いたのが、ファブレットと呼ばれる小型のタブレットまたは大型のスマートフォンでした。

それならiPadでも良いのでは?と言う考えもあると思いますが、iPadはそれなりに重い。ノートPCを突っ込んだカバンにさらにiPadと言う選択は、なかなかできません。
結果的に、車の中での移動時間や会社内をウロウロ歩いているときには6インチのファブレットをポケットに入れて持ち歩き、iPadはもっぱら自宅での新聞や雑誌の購読に使うようになりました。部屋の中にいる時も、ベッドに寝転んでいる時などは6インチのほうが都合が良く、徐々にiPadの出番が減っています。
事実上の携帯二台持ち、となったわけですが、思わぬメリットも。購入後1年以上が経ってバッテリーが弱ってきたiPhoneが、もっぱら電話とメッセージアプリ用になったことで、丸一日充電なしでも過ごせるようになりました。携帯の電池残量を気にせずに生活することができて、少しストレスが減った気がします。

こちらが今回購入した機種。新興国向けモデルということで、日本では売られていません。スペックはフラグシップモデルよりも劣りますが、僕のような使い方であれば全く不便を感じる事はありません。価格もかなり抑えられていて、満足です。

「家族の存在を頭から消す」 ビジネストラベラーの悲しみ

今朝、朝食をとりながら読んでいたFinancial Timesの「Business Life」欄。このコーナーは仕事と生き方といったテーマを取り上げた中くらいの長さのコラム風記事が多くて、読みやすく気に入っているのですが、とても目を引く記事がありました。

数週間に及ぶような長期出張を毎月のようにこなすビジネスパーソンにとっての仕事と家庭を取り上げたもので、その中には二人の子どもを持つ母親が登場します。彼女は、「出張で子どもたちと離れるのは本当に辛い。その辛さを忘れる一番効果的な方法は、出張中は家族の存在を忘れることです」とコメントしているんです。多くの人はこれを読んで「忘れる?ありえない」と思うかもしれません。でも、僕がこの記事でもっとも共感したのはこの部分なんです。ああ、自分もそうだな、と。

出張先(彼女は1か月のうち3週間は出張先にいるとのことなので、もはやどちらが出張先なのかわかりませんが、家のある土地以外の場所という意味で) にいるときは、とにかくプロとして仕事に集中し、自分に夫や子どもがいることなど忘れて没頭する。これが、家族と離れて旅から旅を繰り返すビジネスパーソンにとっての寂しさへの最良の薬だというのです。僕自身も、家族とFacetimeで話をする時間以外は、あまり家族のことを思わないように無意識に心がけている部分があったと思います。寂しいことですが、寂しさに負けないための手段として受け入れてしまう話でもあります。

そこから先、コラムは一歩進んで、「グローバル経済が進行する中で、出張は避けられない。では、どうしたらいいのか?」と展開していきます。いくつか興味深い考え方も紹介されており、自分も実践しよう、と思っています。

なるほど、と思わされたのは、特に子どもの心がどう影響を受けるのか?について。もちろん、片方の親が不在になることは子どもに寂しさと怒りをもたらすのだけれど、もっともひどく子どもの心を傷つけるのは、不在であることによって両親の仲が悪くなることなのだそうです。夫や妻と不仲になったビジネスパーソンは、家庭から遠ざかる口実のために意図的に出張を増やすのだとか。

仕事の充実と家庭の充実、永遠のテーマではありますが、粘り強く両立させるための工夫をしていきたいです。

 

 

我慢強い人に支えられた組織は成長しない

タイで組織運営をしていく中で驚くこと、学ぶことはいくつもあるのですが、その一つに「我慢強い人に支えられた組織を作ってはいけない」という気づきがありました。組織としての不具合を社員が我慢することで運営されている組織は、中長期的に成長していくことは難しいのではないか、ということです。

なぜこんなことを気づいたのかというと、タイ人スタッフのおかげです。タイ人と日本人では「仕事」というものに対する価値づけ・優先順位がずいぶんと違っていて、彼らの人生における仕事の重要度というのは4位とか5位とか、そんなランキングになっているような気がします(もちろん個人差はありますが…)。そのため、仕事におけるストレス耐性はそれほど高くない。無理をして頑張ったり、嫌なこと辛いことを我慢してまで職場における評価を維持したいとか、上司に評価されたいとか、そういう感覚は薄いのです。もちろんそれは、怠けているとかサボっているという意味ではありません。各自の持っている「ここまで」というラインがあって、それを超えたところまで「頑張った」りはしないということです。

 
その結果どうなるかというと、組織運営のまずさからくる過剰な負荷とか、業務フロー上の非効率とか、そういったものに対して明確な「NO」が現場から発信されてきます。「このタスクが期限通りに終わりそうにありません。仕事の全体量が多すぎます。」とか、「サプライヤーへの発注が遅くなるのは、仕事の進め方のルールに問題があるからです。」といった具合です。
僕は当初、こうした「NO」の発信に少し驚きましたが、同時に感謝の気持ちを持ちました。スタッフ一人ひとりの仕事量の状況や、社内組織内・組織間の業務プロセスの機能状況など、現場レベルで詳細にモニタリングして機能不全になっていないかチェックするのはなかなか難しいもの。それを当事者であるスタッフ陣からの発信という形で問題提起をしてもらえれば、運営者としての行動はシンプルです。情報を集めて事実を確認し、問題が本当にあるのなら解決策を実行する。提起された問題が解決されれば、スタッフはまたニコニコと楽しそうに仕事をしてくれます。
そのことに気づいてから、スタッフが深刻そうな顔をして「I have an issue for you to consider....(ちょっと考えていただきたいことがあるのですが…」と言ってやってくるのをポジティブな気持ちで迎えることができるようになりました。それがどんなに頭の痛い問題であっても、問題の存在に気づかないままでいることの恐ろしさと比べたら、何ということはありません。
 
一方、日本の組織に多くみられる(当社本社も含めて)のは、「おかしいとみんな感じているけど、今まで通りやっている」という状況でしょう。特定の誰かが我慢して残業したり、非効率なことをわかっていながら黙々と業務をこなしていたり。理解に苦しむ状況がそこらじゅうで発生しています。根底にあるのは、頑張ること・我慢することを過剰に推奨し評価する風土だと思います。恵まれない環境(非効率な業務システムや組織リソースの配分不全など)に耐えて頑張ることが美しい、という、苦労礼賛とでもいう風習が、日本の組織には蔓延しているんですね。結果としての長時間労働が問題になったりしていますが、どれだけ「残業禁止!」と言ってみたところで、この苦労礼賛の文化を払しょくしないことには、状況は変わらないでしょう。
社員の我慢と頑張りに支えられた組織の弱さは、事業を成長・変革しようとするフェーズで如実に出てくるものです。ただでさえ高い負荷の下で仕事をしているのですから、成長・変革に伴う想定外のタフな仕事が発生したら、たちまち脱落者が出てくるか、そもそもの成長・変革の試みそのものが止まってしまいます。
 
日本とタイの組織を比較して、「日本人は頑張るからGood、タイ人は頑張らないからBad」と評価する向きも多いですが、僕はあえて、タイ人の「頑張らない性質」をうまく組織デザインや業務プロセスのデザインに生かすことを考えたいと思っています。